目次
はじめに
ニュースで「海外から帰国した方が麻疹を発症し、同じ新幹線に乗っていた方にも感染が広がった」といった報道を目にしたことはありませんか? 実は近年、海外で感染して日本に持ち込まれる「輸入感染」をきっかけに、大人を中心に感染が広がるケースが散発しています。そして、麻疹はただの風邪や発疹の病気ではなく、健康な大人であっても命に関わる重篤な合併症を引き起こす恐れがある、非常に恐ろしい感染症なのです。
今回は、現役の内科医が、麻疹の初期症状から、よく似た病気との違い、学校や職場への復帰の目安、そして唯一にして最大の防御策であるワクチンについて、最新の医学的知見をもとに分かりやすく解説します。
麻疹(はしか)ってどんな病気
麻疹は、「麻疹ウイルス」というウイルスが体の中に入り込むことで起こる全身の感染症です。
麻疹ウイルスの最大の特徴は、なんといってもその「桁違いの感染力の強さ」にあります。 感染経路は主に「飛沫感染(咳やくしゃみのしぶきでうつる)」と、最も厄介な「空気感染」です(接触による感染は主な経路ではありません)。
空気感染とは、ウイルスが空気中を長時間フワフワと漂い、それを吸い込むことで感染するルートです。インフルエンザの主な感染経路は飛沫感染ですが、麻疹ウイルスの場合は、感染した人が咳をして部屋を出て行った後でも、しばらくの間その空間にウイルスが漂い続けます。そこに免疫のない人が入って空気を吸い込むだけで、感染してしまうのです。
医学の世界では、1人の感染者が免疫のない集団に入ったとき、平均して何人にうつすかを示す「基本再生産数」という指標を使います。 インフルエンザが1〜2人なのに対し、麻疹はなんと「12〜18人」にうつると分かっており、ヒトに感染するウイルスの中でも最も感染力が強い部類に入ります。手洗いやマスクだけでは、麻疹の感染を完全に防ぐことはできません。すれ違っただけ、同じ空間にいただけでも感染してしまう、これが麻疹の本当に怖いところです。
麻疹の症状と「3つの時期」
麻疹に感染してから発症するまでの潜伏期間は、およそ10〜12日間(最大21日程度)です。症状は、大きく3つのステップ(時期)で進行します。
① カタル期(約2〜4日間):ただの風邪と間違えやすい時期
「カタル」とは、鼻水や咳などが出る状態を指す医学用語です。最初は38度前後の熱が出て、鼻水、ひどい咳、そして目が赤くなる(結膜炎)、目やにが出るといった症状が現れます。これらは「咳(cough)・鼻汁(coryza)・結膜炎(conjunctivitis)」の3Cと呼ばれ、麻疹の特徴的な所見です。
この時期は「ちょっとひどい風邪かな?」と見過ごされがちですが、実はこの時期が一番ウイルスを周りにばらまく、感染力が強い時期なのです。
また、この時期の終わり頃(発疹が出る1〜2日前に一過性に)、口の中の粘膜(奥歯の横あたりの頬の内側)に、「コプリック斑」と呼ばれる、1ミリ程度の少し盛り上がった白い小さな斑点がいくつか現れます。これは麻疹に特徴的なサインであり、私たち医師が口の中を診て麻疹を疑う大きな決め手になります。
② 発疹期(約3〜5日間):高熱と赤い発疹が出る時期
カタル期が数日続いた後、一旦熱が1度ほど下がることがあります。しかし安心してはいけません。半日ほどすると、再び39度以上の高熱が出ます(これを二峰性発熱と呼びます)。 そして、再び熱が上がると同時に、耳の後ろや首のあたりから、少し盛り上がった赤い発疹(丘疹性の発疹)が出始めます。発疹は1〜2日かけて顔、胸、お腹、手足へと全身に広がっていきます。発疹同士がくっついて、まだら模様になるのも特徴です。
この時期は非常にだるく、咳や目の赤みもさらに強くなり、患者さんにとって最も辛いピークの時期です。
③ 回復期
熱が出てから約1週間ほど経つと、ようやく熱が下がり始め、全身の状態が良くなっていきます。発疹は徐々に薄くなり、色素沈着(少し茶色っぽい跡)を残して、後には皮が細かくむけて治っていきます。完全に体力が回復するまでには、熱が下がってからも1週間以上かかることが珍しくありません。
なぜ麻疹は怖いのか?(重篤な合併症)
なぜ麻疹は怖いのか?(重篤な合併症)
麻疹にかかると、ウイルスの影響で一時的に免疫力がガクッと落ちてしまいます。近年では、過去に獲得した免疫の記憶が弱まる「免疫記憶のリセット(immune amnesia)」が起こることも知られています。そのため、別の細菌やウイルスにも感染しやすくなり、全体の約30%の人が合併症を起こすと知られています。
代表的なものは、肺炎と中耳炎です。特に肺炎は、麻疹による死亡原因の半分以上を占める恐ろしい合併症です。また、約1,000人に1人の割合で脳炎を合併し、後遺症が残ったり、命を落としたりすることもあります。
さらに、麻疹にかかってから数年〜十数年も経った後に発症する「亜急性硬化性全脳炎(SSPE)」という極めて重い脳の病気もあります。特に乳幼児期に感染した場合にリスクが高いとされ、徐々に知能障害や運動障害が進行し、現代の医学でも根本的な治療法が見つかっていない難病です。
他の「発疹が出る病気」との違いは?
診察室でよく「発疹が出たので麻疹ではないか」と相談を受けます。大人にも子供にも、発疹が出る感染症はいくつかあります。それぞれの見分け方のポイントを解説します。
・風疹(三日ばしか) 麻疹とよく混同されますが、全く別のウイルスです。風疹は、熱が出ると同時に顔や首から発疹が出ます。麻疹のような「カタル期(風邪のような時期)」がなく、コプリック斑も出ません。耳の後ろや首のリンパ節が腫れるのが特徴です。熱も38度台で済むことが多く、発疹も3日程度で消えるため「三日ばしか」と呼ばれます。
・水痘(水ぼうそう) 最初は赤いポツポツですが、すぐに「水ぶくれ(水疱)」になるのが大きな違いです。紅斑、水疱、かさぶたが混在するのが特徴で、頭の地肌(髪の毛の中)にも発疹が出やすいです。
・りんご病(伝染性紅斑) ほっぺたが真っ赤になり、手足にレースのような網目状の発疹が出ます。発疹が出る頃には熱はなく、元気なことがほとんどです(大人がかかると関節痛が出ることがあります)。
感染期間:いつからいつまで他人にうつす?
麻疹の患者さんが他人にウイルスをうつしてしまう期間(感染性がある期間)は、「発疹が出る約4日前から、発疹出現後4〜5日程度まで」です。 一番困るのは、まだ発疹が出ておらず、本人も周りも「ただの風邪だ」と思っている時期に最も感染力が強いことです。これが、麻疹の感染拡大を防ぐのが難しい最大の理由です。
麻疹の検査は?
「麻疹かもしれない」と疑われた場合、問診や症状(コプリック斑の有無など)を確認した上で、確定診断のために血液検査やPCR検査を行います。血液検査では、麻疹に対する抗体(ウイルスと戦う武器)ができているか(IgM抗体、IgG抗体)を調べますが、IgM抗体は発症初期には陰性のこともあります。
最近は、喉のぬぐい液(咽頭ぬぐい液)や血液、尿からウイルスの遺伝子を直接見つけるPCR検査が、最も確実で素早い診断方法として保健所と連携して行われます。
実際に麻疹が疑わしいとき
麻疹のPCR検査(遺伝子検査)は、一般的なクリニックの院内の設備で直接行うことはほぼ不可能です。隔離が可能な場所、ワクチン接種を2回行っていて抗体がある医療従事者の対応が望ましいです。麻疹が強く疑われる場合、検査は以下のような仕組みで動きます。
PCR検査の仕組み(行政検査)
麻疹のPCR検査は、通常行政検査として実施されます。
医療機関(クリニックや病院)を受診し、医師が「麻疹の疑いがある」と判断する。
医療機関から管轄の保健所に連絡が入る。
医療機関で検体(咽頭ぬぐい液、血液、尿など)を採取し、保健所を通じて地方衛生研究所(東京都の場合は東京都健康安全研究センター)に送られ、そこでPCR検査が行われる。
つまり、「自前でPCR検査ができる病院」を自分で探す必要はなく、「麻疹疑いの患者を安全に隔離して診察し、保健所と連携して検体採取をしてくれる医療機関」を受診することになります。
どうすればいいか?
1. 東京都の医療機関案内サービスに相談する
まずは以下の窓口に電話をし、「麻疹の疑いがあること」「PCR検査(行政検査)のための検体採取や隔離対応が、夜間でも可能な病院を探していること」を伝えて相談してください。
- 管轄の保健所
- 東京都の感染症相談窓口
2. 地域の基幹病院や感染症指定医療機関に「電話で」相談する
都内には、感染症指定医療機関など、隔離対応が可能な大きな病院があります。いきなり救急外来に行くことは絶対に避け、必ず事前に電話で「麻疹かもしれないが、今から受診して検査対応は可能か」を確認してください。
普通のクリニックでは隔離室の確保ができず、他の患者への感染リスクから受診を断られることも多々あります。体調がお辛い中かと思いますが、確実な診断と感染拡大防止のために、まずは電話でのご確認をお願いいたします。
治療方針と生活の注意点(登校・出社について)
残念ながら、現代の医療技術をもってしても、麻疹ウイルスそのものを直接やっつける特効薬(抗ウイルス薬)はありません。 そのため、治療は自分の免疫力でウイルスを退治するのを待つ「対症療法」が中心となります。熱があれば解熱剤を使い、脱水を防ぐために十分な水分と栄養を補給し、安静に過ごすことが基本です。もし肺炎や中耳炎などの細菌感染を合併した場合は、抗菌薬(抗生物質)を使用します。
食事は、高熱で食欲が落ちることが多いため、消化が良く、のどごしの良いもの(ゼリー、プリン、うどん、おかゆなど)を少しずつ取ってください。経口補水液などでこまめに水分を摂ることが何より大切です。
いつから学校や会社に行っていいの?
麻疹は感染力が強いため、法律(学校保健安全法)で明確に出席停止期間が定められています。 基準は「解熱した後、3日を経過するまで」です。 熱が下がったからといってすぐに登校してはいけません。熱が下がってから丸3日間は自宅で安静に過ごし、他人にうつす危険性がなくなってから登校(登園)してください。大人の社会人についても、この基準に準じて職場を休む必要があります。無理をして出社すると、職場で集団感染を引き起こしてしまいます。
※受診時の重要なお願い※
もし「自分や家族が麻疹かもしれない(熱があり、発疹が出てきた。海外渡航歴がある、麻疹の患者と接触した可能性があるなど)」と思ったら、絶対にいきなり近所のクリニックや病院の待合室に行かないでください。 空気感染するため、待合室にいる他の患者さん(特に妊婦さんや、ワクチンを打つ前の赤ちゃん)に感染させてしまう大事故に繋がります。 先ほども記載しましたが、まずは必ず事前にかかりつけ医や保健所に電話をかけ、「麻疹かもしれない」と伝えてください。医療機関から「〇時に、裏口から入ってください」「車の中で待機してください」といった指示が出ますので、必ずそれに従うようにしてください。また可能な限り公共交通機関の利用は避けてください。
最大の防御策であるワクチンで身を守る
手洗い、うがい、マスクでは麻疹を完全に防げない以上、どうすればいいのでしょうか。 答えはたった一つ、「麻疹のワクチンを打つこと」です。 現在、日本では麻疹と風疹の混合ワクチン(MRワクチン)を接種するのが一般的です。
麻疹ワクチンは非常に優秀で、1回接種すれば約95%、2回接種すれば99%以上の人が免疫を獲得できると分かっています。万が一、ワクチンを打った後に感染したとしても(修飾麻疹と呼びます)、症状が非常に軽く済み、肺炎や脳炎などの重い合併症を起こすリスクを大幅に下げることができます。
また、麻疹ワクチンは曝露後72時間以内に接種することで、発症を予防できる可能性があるとされています。
あなたは大丈夫?大人のワクチン接種してない人も
現在、子供たちは1歳になった時と、小学校に入学する前の1年間(年長さんの時期)の計2回、定期接種として無料でワクチンを打つ機会があります。2回打つことで、強固な免疫を作ることができます。
しかし、大人は要注意です。生まれた年代によって、ワクチンの接種回数が違うからです。
2000年(平成12年)4月2日以降に生まれた方
基本的に「2回接種」の世代です。
1972年(昭和47年)10月1日〜2000年(平成12年)4月1日生まれの方
制度上、定期接種が「1回」しか義務付けられていなかった世代です(追加で自主的に打っていない限り、免疫が落ちてきている可能性があります)。
1972年(昭和47年)9月30日以前に生まれた方
定期接種の制度がなかった世代です。子供の頃に自然感染して免疫を持っている人が多いですが、感染した記憶がなく、ワクチンも打っていない場合は、全く免疫がない危険な状態です。
「自分が何回打ったか分からない」という方は、ぜひ一度ご実家の「母子健康手帳」を確認してみてください。記録がない場合や、1回しか打っていない場合は、内科などで「麻疹の抗体検査(血液検査)」を受けることができます。検査の結果、抗体検査で十分な免疫がない(例:EIA法で16未満など)と分かった場合は、自費にはなりますが、大人でもMRワクチンの接種を強くおすすめします。特に、海外への渡航予定がある方、医療・教育関係者、これから妊娠を希望する女性やそのパートナーは、抗体検査とワクチンの接種を前向きに検討してください(※ただし、妊娠中の方はワクチンを打つことができません)。
まとめ
麻疹(はしか)は、決して「子供が一度はかかる軽い病気」ではありません。 非常に強い感染力で広がり、大人であっても肺炎や脳炎といった命に関わる合併症を引き起こす恐れのある病気です。特効薬がない以上、私たちが身を守る武器は「事前のワクチン接種」しかありません。
「自分が感染しないため」だけでなく、ワクチンを打つことができない月齢の赤ちゃんや、病気で免疫が落ちている方を守るためにも、一人ひとりが免疫を持つことが社会全体の壁(集団免疫)となります。 ご自身のワクチン接種歴を確認し、不安な方は医療機関に相談してください。そして、もし麻疹が疑われる症状が出た場合は、決して焦って直接受診せず、まずは電話で相談することを忘れないでください。
書いた人
石井優
資格
日本内科学会:認定内科医・総合内科専門医・指導医
日本消化器病学会:専門医・指導医
日本消化器内視鏡学会:専門医・指導医
日本肝臓学会:専門医
日本腹部救急医学会:教育医
日本膵臓学会:認定指導医
日本胆道学会:認定指導医
がん等の診療に携わる医師等に対する緩和ケア研修終了
医学博士
いしい医院 内科・消化器内科
総合内科専門医・消化器病学会専門医・消化器内視鏡学会専門医・肝臓学会専門医・リウマチ専門医
住所:〒140-0015 東京都品川区西大井3-6-17
電話番号:03-3771-3933
休診日:水曜、土曜午後、日曜、祝日
| 時間 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
| 9:00 ~ 12:30 | ○ | ○ | − | ○ | ○ | ○ | − |
| 16:00 ~ 18:30 | ○ | ○ | − | ○ | ○ | − | − |
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