「たくさん食べているのに太れない」
「周りからは『もっと食べなよ』と言われるけれど、食べても体重が増えない」
「痩せすぎているのは、何か悪い病気なのではないかと不安になる」
日々の診療の中で、こういった切実なお悩みを伺うことは決して珍しくありません。世の中にはダイエットや減量の情報ばかりがあふれており、「太れない」という悩みは理解されにくく、一人で抱え込んでしまう方が非常に多いのが現状です。
厚生労働省が発表した「令和6年(2024年)国民健康・栄養調査」の最新結果によると、20代〜30代女性の「やせ(BMI 18.5未満)」の割合は16.6%です。前年のデータに比べると数値上は減少していますが、「若年女性の5〜6人に1人がやせすぎ」という先進国の中でも極めて高い水準に変わりはなく、依然として深刻な健康問題とされています。また高齢者においては、体重減少や低栄養が将来の健康寿命に直結する大きな課題として問題視されています。つまり、「痩せていること」「体重が増えないこと」は決して珍しい悩みではありません。
結論からお伝えします。
「食べても太れない」という状態には、大きく分けて「病気(器質的疾患)」と、「体質(体質性やせ)」の2つのパターンが存在します。
本記事では、消化器内科医の視点から、医学的に証明されていない「胃下垂だから」や「体質的な吸収不良」などの迷信を正し、最新の医学研究に基づいた「体質性やせ」の真実と、健康的に体重を増やすための具体的なアプローチについて詳しく解説します。
「体質性やせ」は医学的に定義されています
「いくら食べても太らないなんて、ただの言い訳ではないか」と心無い言葉をかけられた経験がある方もいるかもしれません。しかし、安心してください。「体質性やせ(Constitutional Thinness:CT)」という状態は、医学的な研究分野において、実在する一つの病態(体質)としてしっかり認知されています。しかし、世界中の人がばらばらであいまいな定義づけてあったため、研究がしっかりと進んでいないのが現状です。
フランスのBailly氏らが2020年に発表したシステマティックレビュー(世界中の質の高い論文を集めて総合的に評価した研究報告)において、この「体質性やせ」に関する診断の枠組みが整理されました。
これらをすべて満たした場合に初めて、確定診断として「体質性やせ(CT)」と診断すべきであるとしています。
体質性やせとはどんな状態?
どのような状態が「体質性やせ」に当てはまるのでしょうか。Baillyらのレビュー研究(2020年)などを踏まえると、体質性やせは医学的に以下のように定義・整理されています。
長期間にわたる著しい低体重(BMI 17.5未満):
一般概念としての「やせ」はBMI 18.5未満ですが、論文において「体質性やせ」と定義されるのは、主にBMI 17.5未満という著しい低体重が、小児期や若い頃から長期間にわたって続いている状態です。
太りたいという明確な意思(摂食障害がない):
痩せていることにコンプレックスを感じており、体重を増やしたいと強く望んでいる(拒食症のような肥満恐怖や食事制限がない)。
体重増加抵抗性(Weight gain resistance):
食事量を意図的に増やしても、思ったように体重が増えない。
過度な運動をしていない:
アスリートのように、消費カロリーが極端に多い生活をしているわけではない。
病気が隠れていない(重要):
問診や採血画像検査などで体重を減少させる「原因となる器質的な病気」が一切ない。
拒食症(神経性やせ症)とは全く違います
「痩せすぎ」と聞くと、精神的な要因で食事がとれなくなる「拒食症(神経性やせ症)」を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、「体質性やせ」と「拒食症」は、医学的に全く異なる状態です。
Bailly氏らが2021年に発表したメタ解析によって、両者は明確に区別されることが示されました。見た目のBMIや細さだけでは見分けがつきませんが、身体の中のホルモン状態や心理面には決定的な違いがあります。
| 特徴 | 体質性やせ(CT) | 拒食症(神経性やせ症) |
| 食事への向き合い方 | しっかり食べている(制限していない) | 極端な食事制限をしている |
| 体重に対する考え方 | 太りたい、体重を増やしたい | 太るのが怖い(肥満への恐怖) |
| 内分泌学的特徴 | ホルモン異常が少ない | ホルモンバランスが大きく崩れる |
| 女性の月経 | 保たれていることが多い | 止まってしまうことが多い(無月経) |
体質性やせの最大のポイントは「食事を避けているわけではなく、一生懸命食べているのに増えない」というジレンマを抱えている点にあります。
分かっていること・いないこと
医療機関のコラムとして正直にお伝えします。
実は、体質性やせの人が太らなくてはいけないかは、わかっていません
一般的にBMIが18.5未満の「やせ」は死亡リスクの上昇と関連することが知られています。しかし、この研究には病気による体重減少や喫煙などが含まれており、「体質性やせ」だけを対象としたものではありません。現時点では、「体質性やせ」そのものが寿命を縮めるという明確なエビデンスはなく、長期予後については今後の研究が待たれています。一方で、骨密度低下や骨折リスクには注意が必要と考えられています。
また、なぜ体質性やせの人が太れないのか、その根本的な原因はまだ完全には解明されていません
「特定のこの遺伝子のせいだ」といった単純な答えは見つかっていませんが、近年の研究から以下のようないくつかのメカニズムが複雑に絡み合っていると考えられています。
現在の医学で示唆されていること
① 体重増加抵抗性とNEATの関与(可能性)
人間には本来、体重を一定に保とうとするエネルギー恒常性が備わっています。過去の有名な研究(Levineら, Science 1999)では、人が過食をした際、「NEAT(非運動性熱産生:姿勢の維持や貧乏ゆすりなど無意識の活動)」が大きく増加する人ほど体重が増えにくいことが示されました。体質性やせの人においても、食事量を増やすとこのNEATが無意識に亢進し、せっかく摂った余剰カロリーを発散してしまうメカニズムが関与している「可能性」が示唆されています。
② 食欲調節ホルモンの違いに関する議論
食欲は「レプチン(満腹ホルモン)」や「グレリン(食欲増進ホルモン)」など複数のホルモンによって調節されています。体質性やせでは、これらのホルモンについて多くの研究が行われていますが、一貫した異常は確認されていません。レプチンやグレリンなどに違いを報告した研究はあるものの、結果は研究間で一致しておらず、それらが体質性やせの「原因」なのか、痩せていることによる「結果」なのかも現時点では明らかではありません。
つまり現在の医学では、「レプチンが低いから太れない」「グレリンが少ないから食欲が出ない」といった単純な説明はできません。体質性やせは、食欲、エネルギー消費、遺伝的背景などが複雑に関与する病態と考えられています。
③ 遺伝とエピジェネティクス(研究段階)
「親も痩せているから遺伝だ」とよく言われます。近年の医学研究では、体質性やせは単一の遺伝子異常ではなく、多数の遺伝子が少しずつ関与する「多因子遺伝」の背景があることが分かってきました。また、エネルギー代謝に関わる「エピジェネティクス(生活環境などによって遺伝子のスイッチが切り替わる仕組み)」の関与も研究されていますが、現時点ではあくまで研究段階です。
④ 骨密度への悪影響(注意点)
若年女性の体質性やせにおいては、標準体重の人に比べて「骨密度」や「骨の質」が低下していることが報告されています。将来の骨折リスクを減らすためにも、適切な栄養管理が必要です。
「吸収不良」という医学的な証拠はない
患者さんから、「私は胃腸が弱くて、栄養が吸収されない体質なんです」というご相談をよく受けます。
しかし、「体質として栄養の吸収が悪い」という医学的な証拠はありません。
2020年のレビューでも、「消化吸収障害を起こす疾患を除外すること」が体質性やせの診断に必須とされていますが、解明されていないので体質的やせの吸収障害が全くないともいえません。
健康的に体重を増やす方法(スポーツ栄養学からの応用)
検査を行って病気が除外され、純粋な「体質性やせ」であることが分かった場合、太りたいと思ったときに、どのように体を大きくしていけばよいのでしょうか。
非常に重要な前提として、現時点では、体質性やせの方を対象に「この治療法なら確実に体重が増える」と証明した質の高い臨床試験(RCT)はありません。「NUTRILEAN+」などの介入試験は行われていますが、まだ結果は確立していません。
そのため、現在はスポーツ栄養学や筋肥大研究で確立された方法を参考に、十分な栄養摂取と筋力トレーニングを組み合わせることが効果があると考えられます。
十分なタンパク質の摂取
体重(除脂肪体重)を増やすためには、筋肉の材料となるタンパク質が不可欠です。2018年のメタ解析(Mortonら, Br J Sports Med)によると、筋力トレーニングと併用してタンパク質を摂取することで、筋肉量と筋力が有意に増加することが分かっています。目安として、1日あたり「体重1kgにつき1.6g」程度のタンパク質を目標にすると効果的です。
レジスタンストレーニング(筋トレ)の実施
米国スポーツ医学会(ACSM)のガイドラインでも、健康的な増量のためにレジスタンストレーニングの併用を強く推奨しています。食事から摂ったカロリーを「脂肪」ではなく「筋肉」として体に定着させるには、スクワットなど筋肉への物理的なシグナル(刺激)が絶対に必要です。
安全なサプリメント(クレアチン)の活用
食事の工夫に加えて、国際スポーツ栄養学会(ISSN)のポジションスタンドにおいて、安全性と「筋肉量の増加」における強いエビデンスが認められているのが「クレアチン・モノハイドレート」です。筋トレの質を高め、結果的に純粋な体重増加を後押ししてくれます。
高齢者が痩せる理由は、若い人と全く別の病態です
ここまでお話ししてきたのは、主に若年〜中年の「体質性やせ」についてです。
一方で、65歳以上の高齢者の方が「最近痩せてきた」「食が細くなった」という場合は、全く別の深刻な問題として対処する必要があります。
高齢者の体重減少は、単なる体質ではなく、「サルコペニア(加齢や疾患による筋肉量の減少)」や「フレイル(心身の活力が低下した状態)」に陥っているサインです。 欧州臨床栄養代謝学会(ESPEN)や日本老年医学会のガイドラインでも、高齢者の体重減少や低栄養は、免疫力の低下や寿命の短縮に直結するとして強く警告されています。 さらに近年では、高齢者の低栄養を評価するために「GLIM基準(Global Leadership Initiative on Malnutrition)」などを参考にスクリーニングを行うことが臨床現場で推奨されています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 食べても太れないのは病気ですか?
A. 生まれつきの「体質性やせ」である可能性もありますが、甲状腺の病気、糖尿病、胃腸の病気(炎症性腸疾患など)が隠れているケースも多々あります。まずは「病気がないこと」を確認することが何より大切です。
Q2. 胃下垂だから太れないのですか?
A. 「胃下垂だから食べたものが身につかない」とよく言われますが、これは医学的な根拠がありません。胃の位置が低いことと、栄養を消化・吸収する機能には直接的な関係はないことが分かっています。
Q3. 食べても太れない場合、何科を受診すればいいですか?
A. まずは内科・病院をご受診ください。血液検査での貧血や低アルブミン血症の確認、胃カメラや大腸カメラを用いた消化管の炎症や悪性腫瘍、CTで悪性疾患の除外など、体重が増えない原因となる病気が隠れていないかを総合的に調べることができます。
まとめ:食べても太れない方へ伝えたい3つのこと
「体質」と決めつける前に、一度は病気がないか確認しましょう
食べても太れない背景には、甲状腺の病気や糖尿病、消化器疾患などが隠れていることがあります。特に急な体重減少や下痢、腹痛、貧血などを伴う場合は、早めに内科・消化器内科を受診しましょう。
「体質性やせ」には、現時点で確立した治療法はありません
病気が見つからず「体質性やせ」と診断された場合でも、「これをすれば確実に太れる」という治療法はまだ確立されていません。現在も介入研究が進められており、今後の研究結果が期待されています。
現在もっとも現実的なのは、「十分な栄養」と「筋力トレーニング」の組み合わせです
現時点では、スポーツ栄養学で確立された知見を参考に、エネルギー・タンパク質を十分に摂取しながら、レジスタンストレーニング(筋トレ)を継続することが、健康的な体重増加を目指す現実的な方法と考えられています。
当院(西大井・品川区)では内科全般の診療を行っています。お気軽にご相談ください。
参考文献
Bailly M, et al. Definition and diagnosis of constitutional thinness: a systematic review. British Journal of Nutrition, 2020.
Bailly M, et al. Is constitutional thinness really different from anorexia nervosa? A systematic review and meta-analysis. Reviews in Endocrine and Metabolic Disorders, 2021.
Levine JA, et al. Role of nonexercise activity thermogenesis in resistance to fat gain in humans. Science, 1999.
Morton RW, et al. A systematic review, meta-analysis and meta-regression of the effect of protein supplementation on resistance training-induced gains in muscle mass and strength in healthy adults. Br J Sports Med, 2018.
Kreider RB, et al. International Society of Sports Nutrition position stand: safety and efficacy of creatine supplementation in exercise, sport, and medicine. J Int Soc Sports Nutr, 2017.
Cederholm T, et al. GLIM criteria for the diagnosis of malnutrition – A consensus report from the global clinical nutrition community. Clinical Nutrition, 2019.
日本老年医学会 各種ガイドライン(フレイル・サルコペニアに関する基準)
厚生労働省「令和6年(2024年)国民健康・栄養調査結果の概要」
書いた人
石井優
資格
日本内科学会:認定内科医・総合内科専門医
日本消化器病学会:専門医・指導医
日本消化器内視鏡学会:専門医・指導医
日本肝臓学会:専門医
日本腹部救急医学会:教育医
日本膵臓学会:認定指導医
日本胆道学会:認定指導医
がん等の診療に携わる医師等に対する緩和ケア研修終了
医学博士
いしい医院 内科・消化器内科総合内科専門医・消化器病学会専門医・消化器内視鏡学会専門医・肝臓学会専門医・リウマチ専門医 住所:〒140-0015 東京都品川区西大井3-6-17
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