長年、脂肪肝の治療といえば「食事を減らして運動してください」という指導が中心で、肝臓そのものに直接作用する薬はありませんでした。そこに登場したのが、GLP-1受容体作動薬である「ウゴービ®皮下注(一般名:セマグルチド)」です。
ウゴービは確かに、脂肪肝の治療において注目を集めているお薬です。しかし、結論からお伝えすると、「脂肪肝と診断された人なら誰でもすぐ処方してもらえる薬」ではありません。 保険で治療を受けるためには、厚生労働省が定める厳格な条件や客観的な検査データが必要となります。
今回は、内科・消化器医の立場から、ウゴービが使える具体的な基準、ご自身の肝臓の状態を調べる最新の検査、そして当院での診療や専門病院との連携の流れについて、最新の医学的根拠(エビデンス)を交えて分かりやすく解説します。
単なる「脂肪肝」と、危険な「MASH(脂肪肝炎)」の違い
まず知っていただきたいのは、「脂肪肝」と一口に言っても、軽度のものから将来がんになるリスクを秘めたものまで段階があるということです。
現在、世界的な医学界(AASLDやEASLなどの主要学会)では脂肪肝の分類が整理され、代謝の異常が関わる脂肪肝をMASLD(代謝異常関連脂肪性肝疾患)、その中で肝臓に炎症が起きて組織が硬くなり始めている状態をMASH(代謝異常関連脂肪肝炎)と呼んでいます。
肝臓が硬くなる「線維化」の4段階(F0〜F4)
肝臓の中に脂肪がたまると、やがて肝細胞が炎症を起こして破壊されます。修復される過程で肝臓の中に「カサブタ」のような硬い繊維組織が増えていきます。この現象を「線維化(せんいか)」と呼び、以下の4つのステージ(F0〜F4)に分けられます。
F0〜F1(軽度): 脂肪はたまっているが、硬さ(線維化)はまだない、あるいは軽微な状態。早期であれば、適切な生活習慣の改善によって良好な状態への回復が十分期待できます。
F2(中等度): 肝臓のあちこちに線維化が広がり、組織が硬くなり始めている状態。
F3(高度): 線維化同士がつながり、肝臓全体がゴツゴツと硬くなってきている状態。
F4(肝硬変): 肝臓全体が硬い組織で覆われ、元に戻りにくい「肝硬変」に至った状態。
日本人の脂肪肝(MASLD)患者さんは推定で2,000万人以上いると分かっていますが、そのうち10〜20%ほどが進行性のMASH(F2以上)へ移行することが知られています。
F2やF3まで進むと、将来的に肝不全や肝がんへ進行するリスクが高くなるため、この段階での早期発見と適切な治療が極めて重要になります。
話題の新薬「ウゴービ」とは?最新論文が示す治療効果
ウゴービは、脳に働きかけて食欲を抑えたり、胃の動きを緩やかにして満腹感を持続させたりする作用(GLP-1受容体作動薬)を持っています。
体重減少効果に加えて、肝臓の炎症や線維化を抑える作用が臨床試験で確認されたことから、日本においても添付文書上の効能・効果である「肝硬変を伴わない代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH) ただし、中等度又は高度の線維化を有する場合に限る」として承認を受け、治療の選択肢に加わりました。
エビデンスの進歩
ウゴービのMASHに対する効果は、段階を追って実証されてきています。
初期の第2相臨床試験(Newsome PN et al., N Engl J Med 2021)
MASH患者さんを対象とした初期試験では、セマグルチドの投与により約59%の患者さんでMASH(肝臓の炎症)の消失が確認されました(プラセボ群は約17%)。なお、この初期試験の段階では、肝線維化(硬さ)の直接的な改善については統計的な有意差までは示されませんでした。
最新の第3相臨床試験「ESSENCE試験」(Loomba R et al., N Engl J Med 2025)
その後行われた大規模な第3相試験(ESSENCE試験)において、MASHの改善だけでなく線維化改善も有意に認められ、MASH治療における有効性を支持する重要なエビデンスとなりました。
肥満症患者さんを対象とした「STEP 1試験」(Wilding JPH et al., N Engl J Med 2021)
また、肥満症患者さんを対象とした試験では、約68週間の投与で平均14.9%の減量効果が示されています。体重が減ることで肝臓への負担が大幅に軽減するため、MASH改善の大きな後押しとなります(Cusi K, Lancet 2024)。
ウゴービが「保険適応」になる厳しい条件
「これほど効果があるなら、自分も使いたい」と思われるかもしれません。しかし、冒頭でお伝えした通り、「健診で脂肪肝と言われたから」という理由だけで受診しても、ウゴービをすぐに処方することはできません。
保険適用の対象は、MASHと診断され、線維化F2〜F3が確認されるなど、厚生労働省の「最適使用推進ガイドライン」で定められた要件を満たす患者さんに限られます。具体的には以下の2つのパターンのいずれかに該当する必要があります。
パターンA:MASH(脂肪肝炎)の治療目的で使う場合
MASHの治療としてウゴービを使う場合、ガイドラインに沿って以下の要件を満たす必要があります。
肝硬変に至っていないMASHであること
非侵襲的検査(エラストグラフィ等)や肝生検で「中等度〜高度の線維化(F2〜F3)」と客観的に確認されていること
日本消化器病学会や日本肝臓学会が指定する専門施設(認定施設または関連施設)において、専門医のもとで診療を行うこと
つまり、最適使用推進ガイドライン上、「単に脂肪がついているだけのF0〜F1の人」や「すでに肝硬変になっているF4の人」は対象となりません。 炎症と線維化が進行し、適切な対応が必要とされる段階に絞って保険が認められています。
パターンB:肥満症の治療目的で使う場合
MASHではなく、「高度肥満症の治療薬」として使う道もありますが、こちらも以下のように厳しく規定されています。
高血圧・脂質異常症・2型糖尿病のいずれかがあること
BMI 35 kg/m² 以上、または BMI 27 kg/m² 以上で2つ以上の肥満関連健康障害(脂肪肝も含む)があること
医療機関で6ヶ月以上の食事・運動療法、および管理栄養士による栄養指導を定期的に受けても十分な減量が得られないこと
- 学会の「教育認定施設」として登録され、常勤の管理栄養士による栄養指導が行える医療機関
自分の肝臓はF2・F3?それを調べる痛くない「エラストグラフィ検査」
ウゴービが使えるかどうか(自分の肝臓がF2やF3の段階にあるかどうか)を知るためには、肝臓の硬さ(線維化)を計測する検査を受ける必要があります。
以前は、右腹部に針を刺して肝臓の組織の一部を採取する「肝生検(かんせいけん)」という身体的負担の大きい検査が必要でした。しかし現在では、国内外のガイドライン(EASL 2024 / AASLD 2023)でも推奨されているように、体に一切傷をつけずに数分で肝臓の硬さを測れる技術が普及しています。それが「超音波エラストグラフィ(剪断波弾性計測)」です。
超音波エラストグラフィ(SWEなど)の特徴
当院の超音波診断装置には、このエラストグラフィ機能が搭載されています。
痛み・麻酔は一切なし: ゼリーをお腹に塗ってエコーのプローブ(探触子)を当てるだけです。
画面で見ながら正確に測定: 血管や胆嚢などを避け、肝臓の測定領域をピンポイントで計測できます。
数分で数値化: 肝臓の硬さを「kPa(キロパスカル)」や「m/s」という数値で画面にリアルタイム描出します。
※測定に使用するメーカー(キヤノン、GE、フィリップス、富士フイルム等)や測定方式によって基準値の設定は異なりますが、一定以上の硬さを示す場合はF2以上の線維化が疑われます。
当院では、健診で肝機能異常(AST・ALT・γ-GTPが高値)を指摘された方や脂肪肝と言われた方に対し、このエラストグラフィ検査や血液検査(FIB-4インデックスなど)を行い、ご自身の肝臓が「経過観察で大丈夫な段階」か「専門的な治療を検討すべき段階」かを評価しています。
当院での取り組みと、専門病院(基幹施設)との連携システム
厚生労働省のルール上、ウゴービを処方して治療を開始するには「学会が指定する専門施設(大学病院や総合病院など)」を受診する必要があります。しかし、患者さんがいきなり大病院を受診しようとしても、紹介状がなければ初診料が高額になったり、長時間の待ち時間が発生したりします。
そこで当院では、「地域のかかりつけ医」と「専門病院」をスムーズにつなぐ連携診療を行っています。
【ステップ 1】当院での受診・一次評価
・血液検査(FIB-4インデックスの算出等)
・超音波エラストグラフィによる肝硬度(線維化)の測定
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【ステップ 2】評価と専門病院へのご紹介
検査の結果、肝硬度が高く「線維化 F2〜F3(MASH)」の可能性が高いと判断された場合、
ウゴービの処方要件を満たす提携の大学病院や基幹病院(消化器・肝臓内科)へ紹介状を作成します。
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【ステップ 3】専門病院での判定・ウゴービの投与開始
紹介先の専門施設にて確定診断を受け、ウゴービの初回処方・治療導入を行っていただきます。
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【ステップ 4】当院での継続サポート
治療方針や経過が安定した後は、当院に戻っていただき、日常のお薬管理や定期的な検査、
生活習慣の指導を継続してフォローいたします。
このように、まずは当院で「自分がウゴービの適応になるリスクがあるか」を痛みのない検査で調べることが、時間や費用を無駄にせず最短で適切な医療にたどり着く方法です。
誤情報に注意!脂肪肝に対する間違った対策と正しい生活習慣
ウゴービのような新薬が注目される一方で、ネットやSNSでは脂肪肝に関する誤った情報も溢れています。日常診療の現場から、特に注意していただきたいポイントをお伝えします。
✕ 誤った対策・危険なケア
「飲むだけで脂肪肝が治るサプリメント」
「飲むだけで肝臓の脂肪が落ちる」と謳うサプリメントが市販されていますが、医学的に肝臓の線維化を改善させると証明された健康食品は存在しません。それどころか、サプリメントの成分自体が原因で「薬物性肝障害」を引き起こし、肝機能を急激に悪化させて受診される患者さんもいらっしゃいます。
「極端な断食(ファスティング)」
急激すぎる極端な絶食を行うと、体内の脂質代謝が破綻し、かえって肝臓に脂肪が集中する「飢餓性脂肪肝」を引き起こすことがあります。
◯ エビデンスに基づいた正しい生活改善
ウゴービのような薬を使う場合であっても、土台となる食事や運動の改善は欠かせません。国内外のガイドライン(日本消化器病学会・日本肝臓学会 2020 / EASL 2024)でも、以下の減量目標が示されています。
現在の体重から「7%」の減量を目指す
体重を7%減らすことで、肝臓の炎症や脂肪沈着が有意に改善することが分かっています。
例:体重70kgの方なら、約5kgの減量が目標です。
「10%」減らせれば、肝臓の線維化(硬さ)の改善も期待できる
体重を10%落とすことができれば、硬くなり始めた肝組織自体の退縮(改善)が期待できると報告されています。
有酸素運動+レジスタンス運動(筋トレ)の組み合わせ
1日30分程度のやや早歩きの散歩に加え、スクワットなどの筋トレを週2〜3回行うことで、筋肉でのインスリン抵抗性が改善し、肝臓に脂肪が溜まりにくくなります。
まとめ:健診で脂肪肝を指摘されたら、まずは肝臓の「硬さ」を測りましょう
脂肪肝は、昔のように「ただ太っているだけだから大丈夫」と放置してよい病気ではありません。放置するとじわじわと線維化が進み、気づいた時には肝硬変や肝がんへ進行してしまう恐れがあるからです。
そして、登場した話題の新薬「ウゴービ」は、まさにその進行期(F2・F3)における大きな治療選択肢となります。
「自分がウゴービの適応になるのか知りたい」
「健診の数値(AST、ALT、γ-GTP)が高くて心配だ」
「痛くないエラストグラフィ検査で自分の肝臓の状態を調べてみたい」
このようにお考えの方は、決して一人で悩んだり自己判断のサプリメントに頼ったりせず、まずは一度当院へご相談ください。痛みのない超音波検査でご自身の肝臓の状態を客観的に評価し、必要に応じて最適な専門病院へと丁寧にお繋ぎいたします。
当院(西大井・品川区)では、大学病院などと同様にエラストグラフィーによる肝臓の硬さを計測することが可能です。お気軽にご相談ください。
出典・参考文献(エビデンス)
厚生労働省 「ウゴービ皮下注 最適使用推進ガイドライン(代謝機能障害関連脂肪肝炎)」.
日本消化器病学会・日本肝臓学会 編 『NAFLD/NASH診療ガイドライン2020』 南江堂, 2020.
日本肥満学会 編 『肥満症診療ガイドライン2022』 医歯薬出版, 2022.
EASL Clinical Practice Guidelines on non-invasive liver tests for evaluation of liver disease severity and prognosis – 2024 update. J Hepatol. 2024. (欧州肝臓学会 非侵襲的肝線維化検査ガイドライン 2024年改訂版)
AASLD Practice Guidance on the clinical assessment and management of nonalcoholic fatty liver disease. Hepatology. 2023. (米国肝臓病学会 MASLD診療ガイドランス)
Loomba R, et al. Semaglutide in Metabolic Dysfunction-Associated Steatohepatitis: A Phase 3 Trial (ESSENCE). N Engl J Med. 2025. (MASHに対するセマグルチドの第3相臨床試験)
Newsome PN, et al. A Placebo-Controlled Trial of Subcutaneous Semaglutide in Nonalcoholic Steatohepatitis. N Engl J Med. 2021; 384(2): 111-124. (MASHに対するセマグルチドの第2相臨床試験)
Wilding JPH, et al. Once-Weekly Semaglutide in Adults with Overweight or Obesity. N Engl J Med. 2021; 384(11): 989-1002. (肥満症に対するSTEP 1臨床試験)
Cusi K, et al. Treatment of Metabolic Dysfunction-Associated Steatohepatitis (MASLD). Lancet. 2024. (MASLD/MASH管理に関する総説)
書いた人
石井優
資格
日本内科学会:認定内科医・総合内科専門医
日本消化器病学会:専門医・指導医
日本消化器内視鏡学会:専門医・指導医
日本肝臓学会:専門医
日本腹部救急医学会:教育医
日本膵臓学会:認定指導医
日本胆道学会:認定指導医
がん等の診療に携わる医師等に対する緩和ケア研修終了
医学博士
いしい医院 内科・消化器内科総合内科専門医・消化器病学会専門医・消化器内視鏡学会専門医・肝臓学会専門医・リウマチ専門医 住所:〒140-0015 東京都品川区西大井3-6-17
電話番号:03-3771-3933
休診日:水曜、土曜午後、日曜、祝日
| 時間 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
| 9:00 ~12:30 | ○ | ○ | − | ○ | ○ | ○ | − |
| 16:00 ~18:30 | ○ | ○ | − | ○ | ○ | − | − |
品川区西大井、二葉、大井・大田区山王・馬込・北大森エリアので内科・消化器内科・健康診断・予防接種・訪問診療などの受診をお考えの方はいしい医院をご利用ください。皆様の身近なかかりつけ医を目指しております。




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