はじめに
「血圧が少し高いと言われたけれど、症状もないし、まだ大丈夫だろう」 「薬を飲み始めたら一生やめられないのではないか?」
健康診断や診察室で、このような疑問や不安を感じたことはありませんか? 高血圧は、日本国内だけで約4300万人、つまり3人に1人が抱える国民病です。しかし、実際に適切な治療を受けて血圧がコントロールされている人は、そのうちの一部に過ぎません。
「痛くも痒くもない」からこそ放置されがちですが、高血圧は静かに血管を傷つけ、ある日突然、脳卒中や心臓病といった命に関わる病気を引き起こします。だからこそ「サイレントキラー(沈黙の殺し屋)」と呼ばれているのです。
今回は、最新の医学的知見と2025年の高血圧治療ガイドラインに基づき、なぜ血圧を下げなければならないのか、そして薬に頼る前にまず取り組むべき「本当に効果のある生活習慣」について解説します。
そもそも高血圧とは?
血圧とは、心臓から送り出された血液が血管の内側の壁を押す「圧力」のことです。心臓というポンプが「ドクン」と縮んで血液を勢いよく送り出した瞬間の最も高い圧力を「上の血圧(収縮期血圧)」、心臓が広がって次の血液を溜め込んでいる間の最も低い圧力を「下の血圧(拡張期血圧)」と呼び、私たちが生きて全身に酸素や栄養を届けるためには絶対に欠かせない力なのですが、この圧力が強すぎる状態を高血圧といいます。
血圧が高いと動脈硬化に
そもそも、なぜ血圧が高いといけないのでしょうか。 血管は高い圧がかかり続けると、常に張り詰めた状態になります。この状態が何年も続くと、次第に厚く、硬く、そして脆くなります。これが動脈硬化です。
動脈硬化が進むと、血管の内側が狭くなり、血液の流れが悪くなります。 最終的に、高い圧力に耐えきれず血管が破れれば脳出血、血管が詰まれば脳梗塞や心筋梗塞になります。 これらは長い年月をかけて血管が傷めつけられた結果として起こるのです。症状がないからといって安全なわけではありません。
意外と知られていないのが、高血圧による腎臓へのダメージです。 腎臓は、血液中の老廃物を濾過する精密なフィルターです。このフィルターは極細の血管でできています。高血圧が続くと、この微細な血管が動脈硬化を起こして詰まってしまいます。 最終的には人工透析が必要になるケースも少なくありません。 透析導入の原因第1位は糖尿病ですが、高血圧も主要な原因の一つなのです。
眼底出血による視力低下や失明、認知症のリスクも報告されています。
症状がないというのは、病気がないことを意味しません。高血圧が「サイレントキラー(沈黙の殺し屋)」と呼ばれるのは、破壊活動が静かに、しかし確実に進行する点にあります。
適正血圧の変更
すべての人で血圧 130/80 mmHg未満
2025年8月に改訂された『高血圧治療ガイドライン2025(JSH2025)』では、私たちの治療目標がより厳格化されています。 具体的には、全年齢や疾患における降圧目標(目指すべきゴール)として、原則「診察室血圧 130/80 mmHg未満(家庭血圧 125/75 mmHg未満)」が強く推奨されるようになりました。
「えっ、130でもダメなの?」と驚かれるかもしれません。 なぜこれほど厳しくなったのでしょうか。その背景には、「SPRINT試験(スプリント試験)」や「STEP試験」といった、世界的な大規模臨床研究の結果があります。 これらの研究では、血圧を従来の目標(140mmHg未満)で管理するグループと、より厳格(120〜130mmHg未満)に管理するグループを比較しました。その結果、厳格に下げたグループの方が、脳卒中、心筋梗塞、心不全の発症率が有意に低く、死亡率までもが低下したのです。
つまり、130を超えた時点ですでに血管へのリスクは始まっているというのが、2025年の医学的な結論なのです。
家庭血圧重視
もう一つ、極めて重要な変更点があります。それは「家庭血圧の絶対的重視」です。
昔は「病院で測った血圧」が診断の全てでした。しかし、病院という特殊な環境では、緊張して血圧が上がる「白衣高血圧」や、逆に家では高いのに診察室では正常値が出る「仮面高血圧」が頻発します。 特に恐ろしいのが仮面高血圧です。診察室では正常で安心して帰宅しても、自宅や職場でのストレス下では血圧が跳ね上がっているタイプです。研究により、仮面高血圧の患者さんは、持続的な高血圧の患者さんと同等か、それ以上に脳卒中リスクが高いことが分かっています。
そのため、JSH2025では、診断においても治療方針の決定においても、診察室のデータより家庭で測った血圧を優先すると明記されています。 医師が診たいのは、数ヶ月に一度の「緊張したあなたの血圧」ではなく、リラックスしている毎日の血圧です。
薬の前にまず実践すべき「非薬物療法」
「血圧が高い」と診断されても、すぐに薬が必要とは限りません(※重症度によります)。 軽度の高血圧であれば、まずは生活習慣の修正(非薬物療法)からスタートします。また、すでに薬を飲んでいる方でも、これらを併用することで薬の量を減らしたり、効果を高めたりすることができます。
質の高い臨床研究(RCTやメタ解析)で効果が証明されている対策は、主に以下の4つです。
減塩(食塩制限)
日本人にとって最も重要かつ、最も難しいのが減塩です。 ガイドラインでは「1日6g未満」が推奨されていますが、日本人の平均摂取量は約10gです。今の食事から4g(小さじ2/3杯分)減らすのは容易ではありません。
多くの研究で、減塩によって収縮期血圧が4〜5mmHg下がることが示されています。 具体的には、以下のような工夫が有効です。
- 麺類の汁は残す:ラーメンやうどんの汁を飲み干すと、それだけで5〜6g(1日分)の塩分になります。
- 「かける」より「つける」:醤油やソースは直接かけず、小皿に出して少しだけつけるようにします。
- 加工食品を避ける:ハム、練り物、インスタント食品は塩分が多い傾向にあります。
- 酸味や香辛料を活用:酢、レモン、唐辛子、ハーブなどを使うと、薄味でも満足感が得られます。
適正体重の維持
肥満(BMI 25以上)の方にとって、減量は強力な治療になります。 内臓脂肪からは血圧を上げる悪玉ホルモンが分泌されています。体重を1kg落とすと、血圧は約1〜2mmHg下がると報告されています。 4〜5kg減量できれば、弱い降圧薬1錠分に匹敵する効果が期待できます。
運動療法
運動も血圧を下げる効果があります。 推奨されるのは、息が少し弾む程度の有酸素運動(早歩き、軽いジョギング、水泳など)です。
- 頻度:できれば毎日(少なくとも週3回以上)
- 時間:1日合計30分以上
運動を続けると、血管の内皮細胞から「一酸化窒素(NO)」という物質が分泌され、血管を広げてくれます。メタ解析によると、有酸素運動によって収縮期血圧が2〜5mmHg低下することが分かっています。 ただし、いきなり激しい運動(息を止めて力むような筋トレなど)をすると、一時的に血圧が急上昇する危険があるため注意が必要です。まずはウォーキングから始めましょう。
節酒
お酒は血圧を上げます。「酒は百薬の長」と言われますが、血圧に関しては当てはまりません。 適量は以下の通りです。
- 男性:ビール中瓶1本、日本酒1合、ウイスキーダブル1杯(エタノール換算20-30g/日)以下
- 女性:その半分(エタノール換算10-20g/日)以下
長期間の飲酒制限によって、収縮期血圧が3〜4mmHg下がることが報告されています。
禁煙
タバコは肺だけではなく血圧にも影響します。加熱式タバコでも、ニコチンによる血管収縮作用は同様です。吸った直後から血圧は上昇し、心拍数は増加します。これを毎日繰り返せば、血管の壁は厚く硬くなり、動脈硬化が進行します。
加熱式タバコ・電子タバコの健康被害についても知りたいかはこちらのコラムを参照ください。
食事療法
ガイドラインでは、単一の栄養素をとるのではなく、複合的な食事修正が推奨されています。
高血圧の食事
野菜・果物の積極的摂取推奨
野菜や果物を積極的に摂取し、カリウムの摂取量を増やすこと。カリウムにはナトリウム(塩分)の尿中排泄を促す作用があります。ただ注意点としては、重篤な腎機能障害がある方では高カリウム血症のリスクがあるため、制限が必要です。
飽和脂肪酸・コレステロールの制限推奨
肉の脂身や乳脂肪分(バター、生クリームなど)に含まれる飽和脂肪酸を減らすこと。代わりに魚油(n-3系多価不飽和脂肪酸:EPA・DHA)や、植物油を摂取することが推奨されています。
低脂肪乳製品の摂取推奨
カルシウム供給源として重要ですが、脂肪分を抑えるために低脂肪の製品を選ぶことが推奨されています。
DASH食
これらを体系化したものが、ガイドラインで強く推奨されている「DASH食」です。アメリカで開発され、その高い血圧降下作用から世界中のガイドラインで推奨されている食事法です。一言で言えば、「減塩」だけでなく、「塩分を体から追い出す栄養素を積極的にとる」食事法です。DASH食は、特定のメニューではなく「食材の組み合わせ」のルールです。具体的には下記の表を参照ください。
| 分類 | 具体的な食材 | 理由 |
積極的にとる(増やす) | 野菜・果物 | カリウムが塩分を排出する |
| 低脂肪乳製品 | カルシウム補給(脂肪分は控える) | |
| 魚・大豆製品 | 良質なタンパク質とマグネシウム | |
| 海藻・ナッツ | ミネラルと食物繊維が豊富 | |
| 精製度の低い穀物 | 玄米や全粒粉パンなど(食物繊維) | |
控える(減らす) | 飽和脂肪酸 | 肉の脂身、バラ肉、バター、ラード |
| 甘いもの | 砂糖入り飲料、菓子パン | |
| 塩分 | 加工食品、漬物、汁物 |
エビデンスのある「血圧を下げる食材」
「これを食べれば治る」という魔法の食材はありません。バランスの良い食事が一番ですが、「血管内皮機能を改善する」「NO(一酸化窒素)産生を促す」などの機序により、統計的に有意な降圧効果が認められている食品成分があります。
カカオ(チョコレートまたはココア)
成分: フラバノール(ポリフェノールの一種)
機序: 血管内皮でのNO(一酸化窒素)産生を促進し、血管を拡張させる。
エビデンス: コクランレビュー(Cochrane Database Syst Rev)によるメタ解析。 チョコレートまたはココア製品の摂取(1日1.4~105グラムのココア製品に含まれるフラバノール平均670mg)は対照群と比較して収縮期血圧(SBP)を平均約2mmHg、拡張期血圧(DBP)を約2mmHg低下させた。特に高血圧患者においてはより大きな低下効果が見られた。
出典: Ried K, et al. Effect of cocoa on blood pressure. Cochrane Database Syst Rev. 2017.
魚(オメガ3脂肪酸/EPA・DHA)
成分: n-3系多価不飽和脂肪酸(EPA、DHA)
機序: 血管の弾力性改善、抗炎症作用、交感神経活動の抑制。
エビデンス: 70のRCT(ランダム化比較試験)を含むメタ解析。 EPA+DHAの摂取は、未治療の高血圧患者において、SBPを平均4.51 mmHg、DBPを3.05 mmHg有意に低下させた。最適量2g/日
出典: Miller PE, et al. Long-chain omega-3 fatty acids eicosapentaenoic acid and docosahexaenoic acid and blood pressure: a meta-analysis of randomized controlled trials. Am J Hypertens. 2014.
ニンニク
成分: アリシン、S-アリルシステイン
機序: 血管平滑筋の弛緩作用、NO産生促進。
エビデンス: 12のRCTを含むメタ解析。 ニンニクサプリメントの摂取は、高血圧患者においてSBPを平均8.3±1.9 mmHg、DBPを5.5±1.9 mmHg低下させた。この効果は標準的な降圧薬の効果に近いとされる。
出典: Ried K. Garlic lowers blood pressure in hypertensive subjects, improves arterial stiffness and gut microbiota: A review and meta-analysis. Exp Ther Med. 2020.
大豆(イソフラボン)
成分: 大豆イソフラボン
機序: 血管内皮機能の改善、NO合成酵素の活性化。
エビデンス: 11のRCTを含むメタ解析。 大豆イソフラボンの摂取は、高血圧患者においてSBPを平均5.94 mmHg、DBPを3.35 mmHg低下させた。正常血圧者では有意な変化は見られなかった(つまり、高い人だけ下げる傾向がある)。
出典: Taku K, et al. Effects of soy isoflavone extract supplements on blood pressure in adult humans: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Nutr Metab Cardiovasc Dis. 2008.
ナッツ類(特に無塩のもの)
成分: マグネシウム、カリウム、不飽和脂肪酸、L-アルギニン
機序: 電解質バランスの改善、血管拡張作用。
エビデンス: 21のRCTを含むメタ解析。 ナッツ類の摂取(特に1日あたりの中央値摂取量)は、混合ナッツ摂取群においてDBPを有意に低下させた。特定のナッツ(ピスタチオなど)でより強い降圧効果が示唆されている。
出典: Mohammadifard N, et al. The effect of tree nut, peanut, and soy nut consumption on blood pressure: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled clinical trials. Am J Clin Nutr. 2015.
正しい血圧測定法と、よくある誤解
せっかく生活習慣を改善しても、測定方法が間違っていては意味がありません。JSH2025で推奨される正しい測り方を確認しましょう。
正しい家庭血圧の測り方
朝の測定:
起床後1時間以内
トイレを済ませてから
朝食・服薬の前に
1〜2分座って安静にしてから測る
夜の測定:
就寝前
1〜2分座って安静にしてから測る
よくある誤解 Q&A
Q. 手首で測る血圧計でもいいですか?
A. ガイドラインでは「上腕(二の腕)で測るカフ式」を強く推奨しています。手首式は心臓との高さのズレや、血管の圧迫不足により誤差が出やすいためです。正確な管理を目指すなら、上腕式を選んでください。
Q. サプリメントやお酢で治りますか?
A. 特定保健用食品(トクホ)やお酢(酢酸)には、わずかな降圧効果が報告されていますが、あくまで「補助」です。これらを飲んでいるからといって、塩分制限をやめたり、処方された薬を勝手にやめたりするのは非常に危険です。医学的な治療の代わりにはなりません。
Q. 薬はずっと飲み続けなければなりませんか?
A. 必ずしも「一生」ではありません。生活習慣の改善(減量や減塩)に成功し、血圧が下がってくれば、医師の判断で薬を減らしたり、中止したりすることは可能です。ただし、自己判断での中止は「リバウンド」を招き、脳卒中のリスクを高めるため厳禁です。
まとめ
高血圧の治療は、短距離走ではなくマラソンです。 今日一日だけ塩抜きをしても意味がありません。短期に厳しい制限をするより、継続可能治療を長く続けることが、血管にとっては遥かに良い結果をもたらします。
血圧の管理は、10年後、20年後のあなた自身と、あなたを大切に思うご家族の笑顔を守るための投資です。 「まだ大丈夫」ではなく「今から守る」。 その意識の変化こそが、健康長寿への一番の近道です。できることから始めてみましょう。
書いた人
石井優
資格
日本内科学会:認定内科医・総合内科専門医・指導医
日本消化器病学会:専門医・指導医
日本消化器内視鏡学会:専門医・指導医
日本肝臓学会:専門医
日本腹部救急医学会:認定医
日本膵臓学会:認定指導医
日本胆道学会:認定指導医
がん等の診療に携わる医師等に対する緩和ケア研修終了
医学博士
いしい医院 内科・消化器内科
総合内科専門医・消化器病学会専門医・消化器内視鏡学会専門医・肝臓学会専門医・リウマチ専門医
住所:〒140-0015 東京都品川区西大井3-6-17
電話番号:03-3771-3933
休診日:水曜、土曜午後、日曜、祝日
| 時間 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
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